7月11日、12日の2日間、東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催された「Hand Made In Japan Fes’2026(以下HMJ)」で、ジビエにも関連した企画展が行われた。ジビエ業界では、鹿角、皮、骨といった食用以外の部位を使用した工芸品、ハンドクラフトの取り組みが盛んだが、ハンドクラフトの一大イベントの企画展で扱われるのは珍しい。イベントや出展者の様子を取材した。
「Re:Edit」は“気づき”のきっかけ
HMJは、日本最大のハンドメイドマーケットプレイス「Creema」(https://www.creema.jp/)を運営する株式会社クリーマが主催。全国から集まった3000名のクリエイターが作品を販売するハンドメイドの一大イベントのひとつだ。Creemaには熱心なファンも多く、入場ゲートには朝から長蛇の列が並んだ。

その一角で開催された企画展「HMJ Re:Edit」。“クリエイティブな視点から新たな気づきと出会う”ことを目的としたもので、第1回目のテーマは「山の動物たちと、人の暮らし。」。野生動物の現状を紹介するパネル展示のほか、鹿、イノシシ、クマなどの革、角などを使ったアイテムを製作するクリエイターに加え、ジビエを販売する施設の事業者や、ジビエのキッチンカーも並んだ。
Re:Editの目的「新たな気づきと出会う」とは、どういうことだろうか。広報担当・松永紗希さんは次のように話す。
「今回のテーマ『山の動物たちと、人の暮らし。』で言えば、今、日本各地で野生動物が山から下りてきているという問題がありますよね。これには、さまざまな意見があります。立場によって考え方は異なりますし、『捕殺すればいい』でもなく、『守ればいい』でもなく、これが絶対に正しいという答えもありません。
この企画では、さまざまな現実や視点に触れながら、一人ひとりが自分なりに考えるきっかけになればと思っています。クリエイティブな視点には、少し遠く感じる社会課題を、身近な実感へと変える力があります。ここでの体験を通して、自分なりの視点で、人の暮らしと自然のつながりを見つめ直す場を目指しました。
今回出展してくださっているクリエイターの皆さんは、それぞれにポリシーを持って作品を制作されています。加えて、多くの方が訪れるHMJだからこそ、いろんな意見や受け止め方が集まるはずです。そこから、いろいろな考え方があるんだ、という気づきがあればと思っています」
Re:Editの展示として「鹿の革を使おう」とか「ジビエを食べよう」といった主張があるわけではない。「『ジビエだからよい』『かわいそうだから守るべき』というような特定の価値観を伝えるものではなく、現状を知り、自分はどう感じるのか、どう関わるのかを考えるきっかけを持ち帰っていただけたら」と松永さんは言う

会場には、山の動物、ジビエについてのパネルや革などが展示された。パネルは一社)国産ジビエ認証機構が監修した。パネルの最後にはシールアンケートがあり、「できるだけ、生きものを守りたい」「クマや山のことをもっと知りたい」といった6つの解答欄に来場者がシールを次々と貼っていた。
8つのハンドクラフト関係のほか、国産ジビエ認証機構の展示として糸島ジビエ工房(tracks。福岡県糸島市)、大槌ジビエ(MOMIJI。岩手県大槌町)が、ジャーキーやレトルトなど人間用のジビエ製品の販売も行った。
HMJにジビエ業界が学ぶべきことは
HMJ、および企画展「Re:Edit」には、多くの学ぶべき点があるように思われた。
ひとつは、クリエイターを通して伝えていくことの大切さ。ジビエ振興、利活用推進はとかく「正しさ」が前に出がちだが、それは時として押し付けがましさを伴い、反発を招くこともあるかもしれない。一方、「ものづくり」を通した表現は、言葉を超えた感覚や感情に訴えるもので、その伝わり方はマイルドで受け取り側の判断に委ねられる部分はあるかもしれないが、逆に浸透力と説得力がある。

もうひとつはファンマーケティングの重要性だ。HMJでは、作家に会いたくて来場するファンも多い。会場の交流にも熱気があった。ジビエは自然由来であるがゆえの供給量の少なさ、不安定さのために、小売で扱うことが難しい側面がある。施設ごとに小さな流通圏をしっかりと作る必要があり、その意味でファンを掴んでいくマーケティングは重要だ。すでにファンマーケティングを行っている一部の施設は見られるが、まだまだ少ない。さらに各施設が取り組むべき課題だろう。
また、最近のジビエに興味を持つ若年層が増えている理由のひとつに、「ジビエ」が持つ良い意味での効率の良さがあると考えられる。ジビエは鳥獣被害、農村過疎、雇用、環境保全といったさまざまな問題にアプローチでき、また、DIYやロハス、ゼロウェイストなどのライフスタイルにも近いというように、多くの物事に効くテコの支点のようなポジションにある。
これは仮説だが、もし若年層がそこに惹かれているのだとしたら、ジビエ業界が今後するべきことのひとつは、「より多くの領域に関係している」ことを示すことかもしれない。その意味では、HMJおよび「Re:Edit」は格好の舞台だったのではないだろうか。




各展示の紹介とポイント

【gibier skincare】
イノシシ脂を使った「ジビエソープ」で知られる「gibier skincare」は、ジビエソープのほか、水を使わない「ジビエパウダーシャンプー」、ピーリングクロスなどを展示販売。使用するイノシシの脂=猪脂は岡山県産を利用する。ジビエソープの質の高さは折り紙付きだが、一番の特徴は、その「ホリスティック(全体性)」な姿勢にあるだろう。全人的という意味もあるが、自然、人間を含めたホリスティックさは、使う人にとっても心地よい。
代表の松岡磨貴子さんは、こうしたハンドメイド、クラフトの展示会に出展することは珍しいとし「こんなに大勢のクリエイターが集まり、ファンが集まっている熱気がとてもすごい」とHMJを評価。そして、今回は「今まで届いていなかった層にリーチできている感覚です。スキンケアもやりたいし、山の動物たちも守りたい、という意識を持っている方がいらっしゃる。そこにお届けする良い機会になりました」と話す。また、自身もイベントや展示会などを企画する機会があり、「こういう企画をしてみたい」とも話していた。▶gibier skin care

【A.I.C.】
兵庫県たつの市の皮革製造事業者(タンナー)のA.I.C.は、鹿、イノシシの革に触れる体験を提供した。Creemaとは、タンナーとして地域活性化プロジェクトで協働したこともあるという。もともと牛馬などの一般的な皮革のタンナーだったが、「害獣を財獣に」を掲げ、野生鳥獣に特化し、獣皮を買い取ることでジビエ施設を支援してきた。作家への革の提供、メーカーとのコラボ、自社製品の開発など活動を広げている。施設からすると心強いパートナーだ(多くの自治体では獣皮は産業廃棄物扱いとなって処理するのにも費用が掛かり、施設の負担になっている)。
「足を止めて見てくれるお客さまの多くが、クリエイターなんです。鹿やイノシシの革の特徴をお伝えすると、『こういうものを作りたい』『こういうものには合うだろうか』といった会話になって、私たちにとっても勉強になりました」と同社の樋笠博克(写真右)さん。to Cのイベント出展が多いなかで、クリエイターというユニークなto Bにアプローチする良い機会になったようだ。▶A.I.C. GIBIER LEATHER THE SHOP

【Yoki】
茨城県日立市に拠点を置くYokiさんは一口で「こういうクリエイターだ」と説明するのが難しい。レザー作家(牛も鹿も)であり、染色作家でもある。鍛冶屋としてはレザーナイフや漆掻きの鉋(カンナ)を打っている。自身で漆を取ることもある。
「山の仕事をしていて、山からもらったもので仕事もしている身ですから。やはり山を守ること、生態学的な山づくりは意識しています。今回の展示では、来場者の方には山に何かを感じてもらえたらと思いますし、ものづくりにとって山って本当に“宝の山”なんだということも知ってもらえたらうれしいですね」
福島県楢葉町とCreemaが実施した「藍の畑プロジェクト」にも参画するなど、さまざまな活動を精力的に行う。
展示では多様なアイテムに足を止める来場者が多く、説明に忙しい様子。また、これまで「ジビエ」方面の関係者とはあまり接点がなかったそうで、出展者同士の交流も「勉強になるし、とても楽しい」とも話していた。▶Yoki

【ENISICA】
ENISICAは鹿革を使った柔らかく優しいデザインで知られるレザー作家だ。その風合いが人気で、各地で展示会、ポップアップショップを開催している。筆者は実物をリアルで目にするのが今回初めてであったが、シルエットが優しく、近くに置いておきたいと思わされた。優しさとともにハッとさせる力強さがある。
「私たちは、買っていただいたときがスタートだと考えています。ご縁を大切にし、使っていただける間は、ずっと仕立て直し、染め直しを保証する『Re:仕立て』というサービスもやっています」
と話すのは作家の松木真麻さん。
「作家は作ることに集中してしまって、お客さまと交流することが少ないので、こういうイベントはとても貴重な機会。今回はジビエ関係の方もいて、それも楽しいですね。来場者の方には、こちらから何かを押し付けるのではなく、何か新しい気付きや発見をしてもらえたらうれしいです」
押し付けるのではなく「感じてほしい」という思いは、作家すべてに共通するものなのかもしれない。▶ENISICA

【熊彫日和】
居並ぶ熊の木彫りは、面彫りで抽象的なのに、不思議と表情が思い浮かんで、仕草も可愛らしく見えてくる。「熊彫日和」の作家・加藤清志さんは、北海道のお土産で有名な八雲の木彫り熊を受け継ぎながらも、新しい伝統生み出そうと取り組んでいる。
「木彫りの熊は北海道の八雲町で始まったもので、スイスの木彫りの熊をモチーフにして発展したと言われています。また、長野県上田市の『こっぱ人形』にも影響を受けているともされていて、長野県でも新しい木工ができればいいなと考えています」
今回はこの企画展に「熊への思いがある」と感じ、出展に至ったという。
「あまりガツガツ売りたいとも思っていなくて。熊のこともパネル展で扱われていますし、これをきっかけに熊に興味を持つ人が増えてくれたらいいなと思います。長野県でも熊は生活の糧であり、信仰の対象でもありました。そういうことも知ってもらえたらと」
現在は熊といえば里に降りてきた、人身被害だといった話題ばかりだ。しかし、マタギを例に挙げるまでもなく、本州でも熊は人間にとって身近で特別な存在だった。木彫りの熊はそのことを教えてくれる。▶KUMABORI BIYORI インスタグラム

【しし森社中】
愛知県豊田市の山中で、ものすごい数と種類の鹿アイテムを扱っている「しし森社中」。アクセサリーから食器、家具、バッグなど、その種類をすべて挙げるのはとても難しいほど。とにかく、これでもかというほどの種類でデザイン、製造しているユニークなメーカーである。
しし森社中店主の竹尾博史さんは「これは野生鳥獣に関わる人全員に言えることだと思うけど」と前置きしつつ、次のように話す。
「前提として地方の田舎は避けようがなく衰退しており、住む人もどんどん減っている。その中で、農業、林業などの被害の原因である野生鳥獣を里山の資源として使うことで、田舎独自のビジネスモデルを作ろうという思いでやっています」
こういう展示会に出すことはほとんどないそうだが、今回は国産ジビエ認証機構から声が掛かり「どういうニーズがあるか知りたい」との思いで参加したそうだ。手応えは?と聞くと「角の端材などの材料がよく売れる。こういう需要があるとは知らなかったので、今後考えてもいいかなと思った」と話していた。▶しし森社中

【ino DATE(福島県伊達市)】
福島県伊達市振興公社が手掛ける「ino DATE(イーノダテ)」は、イノシシ革に特化したプロジェクトだ。元はイノシシの食用利用を目的にスタートしたものだが、2011年の原発事故のため食用利用を断念、その後振興公社と合併しレザークラフトに注力するようになった。伊達市では現在年間1000頭のイノシシを捕獲しており、これを活用することで地域の新たな観光資源、雇用の創出などを目指している。
今回の出展について、振興公社の担当・菅野ルミさんは、多くの人に伊達市を知ってもらえる機会になっていると話す。
「イノシシを通じて県外の多くの方に伊達市を知ってもらえる機会となったと感じています。海外の方もいらっしゃるし、来場者の幅の広さが印象的です。特にワークショップが人気で、来場者の方々にご満足いただけているのがうれしいです。イノシシや山のものを身近に感じていただけるきっかけにしてもらえれば」
財布、筆入れ、キーホルダー、キーケース、アクセサリーなど多くの種類の革製品が並ぶ展示は「身近に感じてほしい」という思いを感じさせる。現在では就学旅行などの教育旅行のメニューとしても活用が進んでいるという。▶ino DATE

【deer bone "hai"】
鹿の角、骨を使って繊細はアクセサリーを生み出している。"hai"は、「拝」「胚」から来ているという。素材への敬意としての拝、鹿を別のものに生まれ変わらせるという意味での胚。アクセサリーのモチーフは花や生物が多い。
「鹿の生命をいただいて作るものだから、やっぱり生命を感じさせるものがいいなと思って」と、作家の岡本梨奈さんは言う。一部界隈で鹿角の「おばけ」が大人気となったことがあり(とてもかわいい)、筆者も今回一番楽しみにしていた作家さんである。
岡本さんは自ら捕獲・解体も行っているハンター兼作家という珍しいパターン。東京での出展は稀だが、今回は企画趣旨を聞いてHMJに初出展となった。展示の傍らでは、鹿角を使ったワークショップも開催。ワークショップはほぼ全回満員の人気だったという。
「山のことや、鹿の角や骨を使った活動を知ってもらえる機会になればと思って参加しましたが、関心を持ってくれる方が多くて、すごく手応えを感じています。捕獲した鹿をあますことなく使う、糧にするという思いを、しっかり伝えられたらと思います」
ワークショップは、鹿角からリングを削り出すというものだった。シンプルながら、鹿角の硬さや触感を感じさせ、また、自分にフィットするものを自分で作る創作の楽しさを思い出させてくれるものだった。▶deer bone "hai"