長野県東御市・アグロノームの施設開設から学ぶ、コスト構造とアセット活用

5月29日、長野県東御市の「とうみ食堂」で開催されたジビエイベント「とうみでジビらナイト」vol.1に参加した。

東御市の2件目となる処理施設の開設を記念しての開催。ジビエを食べながら、東御市の狩猟のことやジビエについて語り合うという趣向のものだ。知人に教えられ、個人的にもゆかりがある地域で、ちょうど訪れるタイミングでもあったので、急遽お願いして参加した。

施設を開設したのは、地域で有機野菜を生産・販売する「アグロノーム」の宮野雄介氏。料理を手掛けるのは「旅するシェフ」として知られ、とうみ食堂の料理を監修している吉田友則シェフ。全4皿のコースを、東御市産ワインや日本酒とともにいただいた。

鳥獣被害の状況や施設の概要などをお聞きしたが、非常に示唆的なこともあり、改めてジビエ事業のあり方を考えさせられた。

東御市の狩猟事情

冒頭、スライドを出しながら、宮野氏から東御市の狩猟の状況の説明があった。

宮野氏は28年前に神奈川から東御市に移住し、玉村豊男氏の「ヴィラデスト」で就農、18年前に有機野菜生産者として独立。畑が山に近いこともあり、独立当初から鳥獣被害があり、以前から狩猟免許を取得し、地元狩猟グループと捕獲・処理などをしていたという。

東御市全体では、狩猟者は45名、60代以上が中心で、20代が3名、40代が8名だが「若い人が入ってきている」と宮野氏は言う。

「20年前の100名以上に比べれば少なくなっているが、悪いイメージがなく、興味を持ってくれる人が増えている。若い人が入りやすい状況になっている」(宮野氏)

2025年の東御市全体の捕獲状況は、ツキノワグマ23頭、鹿208頭、イノシシ50頭だという。ツキノワグマが相対的に多いのが印象的だ。

施設は「材料はもらいもの」「手作り、DIY」で作ったという。上下水道の問題で施設の立地選定に時間が掛かり、「ようやく」の開設となった。その施設の設置・運営の方法が非常に示唆的だったので、以下に興味深いと思った点を記していこう。

アグロノーム 宮野氏

経営設計として見たとき、何が優れているのか

① 販路が先にある──既存アセットを活かした関連事業への展開

有機野菜農家として20年の経験があり、近隣から東京まで多くの飲食店に野菜を卸している。ほぼ完全にtoBのビジネスモデルだ。鳥獣被害は昔からあり、狩猟免許を取得のうえ、地元の狩猟グループと捕獲・解体をしており、2014年のガイドライン以前から店舗への販売も行っていたそうだ。

もともと販路があるので、慌てて販路を開拓する必要がない。これは、うまく回っている処理施設に共通する成功パターンのひとつだ。有機野菜という本業の顧客資産と信頼関係を、ジビエという隣接事業に横展開している。経営学的に言えば「既存アセットを活かした関連多角化」であり、ゼロから始めていない点が強みの根本にある。

② 固定した雇用をしない──固定費の変動費化

もともと猟師グループで捕獲し、解体も自分たちで行っていた。施設開設後もその方法は変わらない。獲れたら処理する、販売する。しかも、売れたときにはその売上から手間賃のような形で費用を支払う。売れないときには自分たちで肉を持ち帰る。実に合理的なスタイルだ。

このやり方なら、最大のコストとなる人件費が抑えられ、「たくさん獲ってたくさん売らなきゃ」というプレッシャーに悩まされずに済む。固定費を変動費化することで、損益分岐点を極力下げる設計になっている。

③ 手作り・ミニマムでのスタート──イニシャルコストの最小化

補助金を使わなかった点について聞くと、「額面が大きく、後々の負担が大きくなるから」という理由だった。

確かに補助金を使っても自己負担は必要となるし、施設を作るのに借金してしまうと運営が苦しくなるのは目に見えている。補助金に依存しない自走型のモデルは、小規模施設においては特に理にかなった判断だ。

④ 売り手主導の取引条件──希少性と信頼を背景にした市場設計

「取りに来てくれる人」「半身でOKな人」という条件を提示して、対応してくれる人に販売する。有機野菜の取引で顔が見えており、関係が深いからこそできる条件だろう。

ジビエはもともと供給側の都合に合わせるしかない商品だ。小売に浸透させるには、規格を合わせる・安定供給する・柔軟な供給量コントロールをするなど、市場側の体制に合わせる必要があるが、ジビエにはそれがなかなか難しい。最初からその条件に同意してくれる人にだけ販売するのは、ジビエ販売の理想のひとつだろう。

「局所的に成立するビジネス」という視点

これらの特徴を経営の観点で整理すると、

①イニシャルコストの最小化
②固定費の変動費化によるランニングコストの最小化
③既存事業のアセットを活用した関連事業への多角化
④希少性と信頼を背景にした、売り手主導の取引設計

となる。

一からそれなりの規模の施設をつくり、販路もこれから開拓、雇用も整えてスタートするというのは、多分この真逆だろう。一番施設が苦労するパターンだ。それがいけないわけではないが、かなりの苦労が伴う。鳥獣被害対策をベースにしたスタートは、ここに陥りやすいので注意が必要だろう。

最近のジビエ処理施設の開設は、どうしてもビジネス化を重視してしまう。ある一定の規模のビジネスにすることを前提にした設計をする。それも正解のひとつだ。しかし全国の実情を見ると、施設も小規模・商いも小規模というスタイルが主流であることも間違いない。

このレイヤーは国・行政や支援機関の範疇からこぼれがちという印象があるが、実はここにもちゃんとジビエ事業の勝機がある。局所的なビジネスを成立させていくということ。この点、改めてきちんと認識しなければと思った次第だ。

最近ジビエを扱う飲食店が増加している印象があり、こういう小さな施設が供給している可能性がある。小さい施設の役割を、改めて考えたい。

そして、料理のこと。ジビエはジャズだ。

肝心の料理だが、最低限のシンプルな味付けと、地の野菜との組み合わせが非常に印象的だった。実に旨かった。

一皿目●「ジビエに耳を傾ける一皿」鹿レバーのペースト/コーンドベニソン/鹿初のオリーブオイル煮
二皿目●「鹿も食べたいアグロノーム野菜といちごと自家製リコッタチーズのサラダ」
三皿目●鹿120%パテ・ドゥ・トウミ
四皿目●メイン「昨日イノシシ今日ロースト/鹿フィレ肉の軽い燻製」

全体に共通するのは野菜とのマリアージュの妙と、シェフのインプロビゼーション(即興)だ。野菜は、宮野氏のアグロノームの野菜を使用したが、これが実に味が濃く、ジビエによくハマっている。鹿、イノシシは家畜の食肉に比べると味が濃い。この味の濃さと野菜の強さは、非常に良く合うものだった。

即興性について吉田シェフに聞くと、コースのあり方、客の食べ方、肉の顔などを見て、料理のあり方を変えているという。

例えば、メインのイノシシローストは、ジビエメインの料理店に行けば厚く切って出してくるのが普通だが、今回は厚すぎず、かといって食べ応えを感じないほど薄くもしていない。絶妙な厚さで、しかもハニーマスタードに甘夏を入れ爽やかに仕上げ、食べやすくしている。「これだけのコースの最後で、重くしてしまうと食べにくいと感じ」てそうしたのだという。素晴らしいセンス。

逆に言うと、ジビエはジャズっぽいのかもしれない。クラシック音楽としてのジビエ料理も成立する。しかし、ジビエは地域差もあるし季節変動もあるし、個体差が大きい。その時々に合わせる野菜との相性も考えると、一律のレシピでは本当においしいものにはなりにくいのかもしれない。という意味で、演者のインプロビゼーションが生きてくる。「ジビエは料理人の顔がよく見える」とはよく言われることだが、改めてそれを強く感じさせるコースだった。

東御市は長野県のワインバレー構想の震源地のひとつでもあり、東御市産ジビエに東御市産ワインを合わせるというのも、非常に贅沢な体験であった。

吉田シェフ

「とうみでジビらナイト」は全3回が予定されており、第2回は6月26日に開催されるという。興味のある方は、とうみ食堂のInstagramまで。