ジビエ活用に新たな選択肢。東洋製罐GHと辻調が開発した「プロ品質の缶詰」が地域課題を解決する理由

「捕獲数は増えたが、利活用が進まない」「生肉の冷凍在庫ばかりが積み上がる」――。 鳥獣被害対策が「捕獲」から「利活用」のフェーズへ移行する中で、全国の自治体や処理施設が共通して抱える悩みだ。

12月1日、東洋製罐グループホールディングス(以下、東洋製罐GH)が発表した「+GIBIERプロジェクト」は、この行き詰まった状況を打破する「ショーケース」として注目に値する。 パートナーに辻調理師専門学校、日本ジビエ振興協会を迎え、同社が提示したのは、単なる新商品ではない。「簡易なパッケージング技術」と「高度なレシピ開発」をセットにした、ジビエ産業の新たなインフラモデルである。

なぜ今、「缶詰・パウチ」なのか?  ジビエ流通のボトルネックを解消する

これまで、地域ジビエの加工品といえば、ソーセージやハム、あるいは「大和煮」のような従来型の缶詰が主流だった。しかし、これらは販路が道の駅などに限定されやすく、高付加価値化が難しい側面があった。

ここに東洋製罐GHは、大手容器メーカーとしての技術を持ち込んだ。 同社が提案するのは、大規模な工場ラインを必要としない「簡易パウチ機・製缶機」の活用だ。 処理施設内で、精肉だけでなく「常温流通可能な最終製品」まで製造できれば、クール便に頼る必要がなくなり、物流コストは劇的に下がる。賞味期限の制約からも解放され、全国、あるいは海外への販路も見えてくる。

今回の「長野のジビエ三種缶」は、その実証実験的な意味合いが強い。 「施設単位で、プロ品質の常温商品が作れる」という事実は、在庫リスクに怯える全国のジビエ処理施設にとって、極めて現実的な選択肢となるはずだ。

長野のジビエ三種缶
今回発表された「長野のジビエ三種缶」。フレンチ「Confit de chevreuil ~柑橘香る鹿肉と大豆のコンフィ~」、イタリアン「CERVO ALLA CACCIATORA ~鹿肉とトマトの猟師風煮込み~」、和食「鹿肉の清酒煮 ~出汁と鹿肉の風味を活かした肴~」

「名産品」を作るための最短ルート。辻調が担保する「味の再現性」

ハード(製造機器)があっても、中身(ソフト)が伴わなければ商品は売れない。特にジビエは個体差が大きく、加工調理の難易度が高い食材だ。 そこで、辻調理師専門学校との共創が意味を持つ。

今回のプロジェクトで開発された「鹿肉のコンフィ」や「猟師風煮込み」は、フレンチやイタリアンの技法を用いつつ、「缶詰の加圧加熱殺菌」を前提としたレシピ設計がなされている。 スネやネックといった、旨味は強いが硬くて敬遠されがちな部位を、缶詰加工によって「付加価値の高い食材」へと転換させる。辻調の知見によって、「絶対に失敗しない加工ポイント」がモデル化・言語化されつつあることは、今後このスキームを導入する自治体にとって大きな資産となるだろう。 「味の正解」があらかじめ用意されていることは、商品開発の経験が浅い自治体や施設にとって、開発コストとリスクの大幅な削減を意味する。

コンビニで販売されているサラダにコンフィを合わせるとレストランの一品に早変わり
食材ひとつひとつの輪郭がくっきりとしていながら、全体が調和している。レトルトにありがちな「混ざり合った味」ではなく、レストランの一皿のような「シャープな味わい」が缶の中に閉じ込められていた。また、この商品は「素材」としてのポテンシャルも高い。 そのまま食べるのはもちろん、コンフィをコンビニのサラダにトッピングしたり、トマト煮込みをパスタソースとして活用したりと、ひと手間加えるだけで家庭の食卓が「レストランクラス」に早変わりする。写真はコンビニで販売されているサラダとゆで卵にコンフィを和えたもの

ジビエを「産業化」し、地域経済を回す

本プロジェクトの要点は、地域のパッカー(加工業者)の経営安定化にもある。 例えば、今回の製造を担った岩手県のパッカーのように、魚介類を扱う工場には季節による「繁忙期と閑散期」が存在する。漁獲量のない時期に工場のラインが止まるのは経営上のリスクだ。 そこに「通年で供給可能な(あるいは狩猟時期が異なる)ジビエ」という選択肢を組み込むことで、工場の稼働率を高め、収益を安定させる。包装材メーカーとして、取引先であるパッカーに新たなビジネスチャンスを提供する狙いがある。

東洋製罐GHの三木氏は、今回の商品をあくまで「ショーケース」と位置づけている。 今後は、国産ジビエ認証取得施設を中心に、簡易パウチ機などの機材提供や、自治体との協業によるプロジェクト立ち上げを模索していくという。

「ウチの地域のジビエをどう売るか」ではなく、「どう産業として自走させるか」。 その解の一つが、この小さな缶詰の中に詰まっている。

【本件に関する自治体・事業者からのお問い合わせ】 東洋製罐グループホールディングス株式会社 サステナビリティ推進部 TEL:03-4514-2026 mail:tskg_contact@tskg-hd.com

【クラウドファンディング・商品詳細】 一流が辿り着いた究極のジビエ調理法【長野のジビエ三種缶】
https://www.makuake.com/project/jibiecan/

今回の「+GIBIERプロジェクト」は、単発の商品開発ではない。3者それぞれの文脈(コンテキスト)を知ることで、この取り組みが目指す社会実装の深さが見えてくる。

1. 東洋製罐GHの長期戦略「OPEN UP! PROJECT」

本プロジェクトは、東洋製罐GHが2019年から推進するイノベーションプラットフォーム「OPEN UP! PROJECT」の系譜にある。 「容器を作る会社」から「中身や体験ごと社会課題を解決する会社」へ。2024年に発表された辻調との「+Recipeプロジェクト」で培った「料理人の味を再現する技術」が、今回のジビエ活用という難題解決への布石となっていた。大企業の長期戦略に基づくプロジェクトであることは、連携を検討する自治体にとっての信頼材料と言えるだろう。

2. コロナ禍の教訓と「新たな缶詰文化」

辻調理師専門学校の参画背景には、コロナ禍で経営危機に直面した卒業生(飲食店経営者)たちへの想いがある。「店を開けられない時でも、店の味を販売できれば経営を守れる」。 目指すのは、缶詰大国ポルトガルのように、街のレストランが当たり前のようにオリジナル缶詰を販売する風景だ。今回の技術は、将来的に飲食店が「自家製缶詰」という新たな収益源を持つための第一歩でもある。

3. 「ジビエ振興2.0」への準拠

日本ジビエ振興協会が掲げる「ジビエ振興2.0」は、ジビエをブームで終わらせず、また、「鳥獣被害対策としてのジビエ」から脱却し、地域の食文化、産業として定着させるフェーズを指す。 捕獲・処理の先にある「出口(高付加価値な商品化)」が細いことがこれまでの課題だった。地域の処理施設自体が製造拠点となり、常温流通可能な商品を生み出すこのモデルは、まさに「ジビエ振興2.0」が目指す産業構造の具現化と言える。